この本は、韓国文学を代表する若手作家と言えるチョン·セランが文壇にデビューした2010年から2019年までに書いたSF小説8編を収めた小説集である。この本に載せられた短編小説には、今ここ、現代社会を生きる人々の姿と危機に瀕した人類文明に対する警告が盛り込まれている。透明に消える指を捜し求める時間旅行者と大都市を掘り起こす巨大ミミズ、声が殺人者を刺激するという理由で収容所に入れられる主人公など、小説の中の状況は非常に深刻だ。しかし、著者の文章は決して重かったり暗かったりしない。むしろ登場人物は明るくてユーモに溢れる。持続可能な方式ではない、巨大で有害なものが崩壊したところに出現した新たな代案は、妙な共感と安心感を与える。果てしない成長という欺瞞を小説の世界でひねり出して描いた結果は、小さな希望として現れる。著者は「世界は、緩やかなスピードではあるがより多くの存在を尊厳と尊重の枠内に含める方向に進むと信じている」と話す。
至って平凡な高校の保健教諭であるアン·ウンヨンは、実は幼い頃から奇異な怪物と魂を打ち破ってきた退魔師である。同書では、BB弾の銃とレインボーカラーのプラスチックの剣で、悪い霊を退治するアン·ウニョンの活躍が繰り広げられる。溌剌でたくましく、コミカルで勇敢な、珍しいタイプの突出した女性キャラクターが登場する。ネットフリックスオリジナルドラマとして実写化され、人気を集めた。
チョン·セラン初の小説集。想像を超えた斬新な題材と主題意識が際立つ。この本に盛り込まれている9編の短編小説は、別々の物語でありながら、妙に繋がっている。日常の中の亀裂と慣れ親しんでいる不条理を特有の問題意識と想像力で解決する秘訣は、まさにチョン·セランの作品でしか表現できない「明朗さ」にあるはずだ。この本は「チョン·セランワールド」の始まりであり本質と言える。
写真撮影/講談社
1978年、大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(単行本化にあたり『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞し、小説家デビュー。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、09年「ポトスライムの舟」で芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、13年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、16年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、17年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、19年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞、20年「給水塔と亀」でPEN/ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞を受賞。他の著書に『アレグリアとは仕事はできない』『カソウスキの行方』『八番筋カウンシル』『まともな家の子供はいない』『エヴリシング・フロウズ』『ディス・イズ・ザ・デイ』『つまらない住宅地のすべての家』などがある。